シンプルな食事『ロンドン・コーリング/Nomad Lifeを生きる』

久しぶりにイタリアはミラノを訪問した。

姉妹のように親しい友人ルクレツィアとの再会が目的だった。かなり長い間実際に会うことはなかったのだが、お互いまだ若く人生の形成期とも呼べる時期からの仲なので、全くと言って良いほど会えなかった時間のギャップは感じなかった。

変わった事と言えば、彼女が最近結婚して彼女のアパルタメントにはご主人の マウリツィオが居る事ぐらい。

彼女は全く変わりなく、相変わらず、超おしゃべり好きで、終始ペラペラペラペラ喋っている。

その間、私とマウリツィオは「ダ・ヴェーロ?(本当に?」「チェルト(もちろ~ん)」「シィ~シィ~(はい、はい)」「ケ・ベッロ!(あら、素敵)」「オー・ノー!」とか合いの手を繰り返し相槌を打つ。2時間もすると彼女側のこれまでの人生情報の穴埋めは出来た。そして喋りながら彼女はとても美味しい食事を作っている。

その日のメニューはリグリア州のパスタ、トロフィエッテとインゲン、ポテトのペストジェノヴェーゼ和え。プロシュットとメロン、ナスやズッキーニのグリルなどなど。

そしてこれは夕方というか夜の8時頃の話である。彼女はまだ現役で働ている。

仕事を終えた後にこうして旧友をもてなし、おしゃべりをしながら食事を作っている。

イタリア人女性のエネルギーはすごい。

私たちが若かった頃は、外食することがとても楽しみだった。

イタリアはご存知のようにどこに行っても食事が美味しい。

その中でもより一層美味しいリストランテを求めて「お気に入り」を見つけることにこだわりがあった。

でも、今は違う。彼女も私もお家ゴハン(パスタ?)が一番!で意見が一致。

ミシェランの星がなくとも、有名シェフの手の込んだ食事でなくても、シンプルかつ自分にあった美味しい食事が何なのかに辿りついたお年頃の私たち。

「お家で食事」が一番落ち着く。

そういう食事が作れるような知恵と経験が備わった、とも言える。

しかしながら食材の質には勝てないなぁと再認識。

同じレシピを日本やロンドンで作っても悲しいかなイタリアでの味にはならない。

でも、イタリアではイタリアの味を、日本では日本の味を、ロンドンではロンドンの味を楽しむので充分ではないか。それぞれに個性があるのが素晴らしい。

Photo by Sanorui&NK

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